(mizuaoiの写真館改題)

(こちらは石川の植物の別館です)

私の基本ホームページ「石川の植物」の別館が、現在閲覧不能になっております。ここには石川の植物のFILEの8割ほどが入っているので大変困った状態になっております。そこでこの際、閲覧不能のFILEを改訂してアップし直すことにしました。

66 オニバス(1)
1 オニバスとは
 オニバスはスイレン科の1年草で、学名をEuryale ferox Salisb.という。
「牧野・清水(1939)によれば、学名のEuryale は「女神名」、ferox は「大刺ある」を意味するとなっている。英名では、prickly water-lily(刺だらけの睡蓮)または gorgon plant(ゴルゴン・プラント)と呼ばれる。おそらくゴルゴン3姉妹と関係があるのだろう。ゴルゴン3姉妹とは、ステンノ−、エウリュアレ、メドゥーサのことで、様々で不確かなネット情報を総合すると「ギリシャ神話に登場する頭髪が生きた蛇で、黄金の羽、真鍮の爪、イノシシのような牙をもつ醜い姿で、視線を合わせた者を石に変えてしまうという魔物」のようである。図5のように、葉の表面がしわだらけで醜い姿であること、鋭い刺で触れる者を痛い目に遭わせるオニバスのいやらしさをゴルゴン3姉妹に重ね合わせた命名なのであろう。それなら、ステンノ−でもメドゥーサでも良かったはずなのになぜエウリュアレとなったのか。木村(1996)によればEuryale はギリシャ語の「広大なeuryalos」に由来するという。従って、Euryuale は醜い姿のゴルゴンとオニバスの大きな葉との掛詞になっているのだろう、と考えるとこの学名も奥の深いものに思えてくる。
 全身にある鋭い刺は、うっかり触ると痛い目に遭うので、人の水辺の生活には好かれない存在であったことは間違いないであろう。
図1 今は見られない田園風景。石川県金沢市北間町の農業用水路を埋めるオニバス(1963年8月)
図2 1957年。同じ北間町のオニバスの生育していない場所。当時の用水路は田んぼの横を掘っただけの素掘りであることが分かる。白い花はミズオオバコ

2 石川県の方言「地獄の釜の蓋」「ジャバス」とは
 鈴木(1957)には、「子供達が食べるのに種子を取るため、秋になると乱獲禁止の必要を感じ、それらの管理に多くの人たちの協力を願っている」とある。また、1998年に明石市で行われたオニバスフォーラムの資料では、オニバスを使って、草木染めをしたり、茎(葉柄)を酢の物、油炒め、奈良漬けにする調理法も紹介されている。このことから分かるように、刺だらけで嫌われていたほかに、利用価値もあって案外人には知られていた存在のようである。
 その証拠に、清少納言の「枕草子」の142段に、恐ろしげなるものとして「水ふふき」という名で出ており、ほかに149段、142段にも出てくる。(石田 1999)
 方言としては、いばらばす(丹波)、げとー(仙台)、どんばす(新潟)、うきはす(鹿児島)、たにふたぎ(福井)ほかが八坂書房(2001)に載っている。
 成長したオニバスは、全身が鋭く堅い刺におおわれており、触ると痛いことから嫌われて鬼の蓮と名付けられたものと考えている。学生時代に採集したことがあるが、素手では触れず、根掘りを使って引きちぎったというより叩き切り、押し葉にするときも痛いので、刺が突き抜けないように大量の新聞紙で挟んだことを記憶している。一方、石川県では「地獄の釜の蓋」とも呼ばれていた。そのいわれについて、私がオニバスの開花に成功したという話が地元の北國新聞に載ったことがある(2008年8月16日)。それを読んだ親戚のお年寄りから、「子どもの頃、悪いことをすると、地獄へ落ちて釜ゆでになるとき、この刺だらけの葉(地獄の釜の蓋)で蓋をされて逃げ出すことができなくなる、と躾けられた。」という情報がもたらされた。
 石川県では、河北潟及びその近辺には、昔から生育していたものらしく、石川縣河北郡誌では河北潟について「蓮湖又は大清湖の異名あり。蓮湖の名は古来蛇蓮と称し、黄色の花を著くる蓮を生ずるが故に名くといふ。」とある。普通、この蛇蓮がオニバスのことと解されているが、オニバスは黄色の花を付けないので、納得できないところであり、昔から河北潟には黄色の花を付け、睡蓮に似た葉をもつ「アサザ」があるので「蛇蓮」とは、アサザのことを指していたのかもしれない。しかし、アサザがなぜ蛇蓮と呼ばれなければならないのかは不明である。石川縣天然記念物調査報告には「おにばす(?・鬼蓮)ハ土称蛇蓮ト称シ、睡蓮科ニ属スル、本邦固有ノ水草ナリ。」とあるが、高校生の頃、金沢植物同好会でオニバスが群生している北間町へ行ったことがあり、そのとき一人が地元の人に(あえて和名で聞かずに、地元の人が慣れ親しんでいるであろうと考えた俗称で)「蛇蓮はどの辺にありますか?」と質問したが、聞かれた人は「ジャバス」とは何かを分からなかった、という出来事があった。今でもそのときのやりとりを鮮明に記憶しているので、1958年頃の金沢市北間町では、ジャバスという呼び名は既に廃れていたのかもしれない。
 一方、石川縣河北郡誌の別の箇所には「狐山と称する所あり。其地に大蛇ありしに、之を殺しゝ時鮮血河水に入りて紅となれり。因りて其の下流を血の川と称し、蛇蓮と称する一種の蓮を生ぜり。其の葉蓮に似て直径4・5尺許り、葉及び葉柄共に鋭き棘を密生して触るべからず。花は唇形にして内面赤く、花托にも棘ありて其の状宛も蛇の口を開けるが如し。今は多く絶滅して見ること稀なり。其の果は拳大にして、中に豆大の粒顆を包有す。」との記述がある。血の川は河北潟へ注ぐ川として現存する。オニバスの紅紫色の開花を、蛇が大口を開けている姿に重ねているこの記述はオニバスのことをよく表している。また、葉の裏が紅紫色をしている(図4)のは蛇の血で染まったと見ることもできる。同じ石川縣河北郡誌の1箇所では、蛇蓮を正しく赤い花と捉えているのに、別の箇所では黄色の花と記している。誤記というより、アサザもオニバスも共に「蛇蓮」の範疇に入っていたのかもしれないが不明である。 


図3 アサザの花  図4 葉の裏は血の色と言っても良い赤紫  図5 葉の表面には深い皺と刺がある 

3 果実
 果実が熟すると果皮が溶けて、弱い箇所から裂け、種子が水面へ浮かび上がる(図6〜8)。種子を包む仮種皮ははじめ赤い斑点をもつが次第に腐敗して、翌日にはほぼ白くなるとともにガスが抜けて、2〜3日を経た後にはほとんどが水底へ沈む。この浮かんでいる間に水の流れや風に吹かれて新しい世界へ漂っていくことができる。しかし、それでは連続した水系にしか広がることができない。もっと飛躍するにはどうすれば良いのか。
 その答としては、この赤い種子は鳥にとって目立つ色で、種子が浮いていると美味しそうで、水面に浮遊している2〜3日、特に初日の色鮮やかな時期に水鳥によって食べられ、どこかへ運ばれるのであろう。直接食べているところを見たのではないが、それを示唆する状況証拠はある。
 自宅の水槽で得られた種子を100個ほどポリ容器に入れて庭に置いておいた。その容器の回りをカラスがうろついており、私が庭に出ると逃げ散ったのだが、後でポリ容器をのぞいたら、種子が1粒も無くなっていた。直接食べているところを見たのではないが、カラスに食べられてしまったようである。


図6 果皮が溶けて,中の種子が見えてきた果実 図7 静かに果皮が溶けた場合には、種子がボール状に固まってしばらく浮いているのを見ることができる

4 種子
 種子は内外2重の仮種皮に包まれ(図10)、内膜は半透明で堅めで厚みがあり、でこぼこと言って良いくらいしわが寄っている(図11)。外膜は薄く赤色の色素を含む細胞を多数もつ。内膜の細胞構成は定かではないが複層構造のようで、内部にガスがたまっていて浮遊する。試みに強く圧迫すると気泡が出てくるし(図9)、顕微鏡で観察してもしわの内部に多数の気泡をみることができる(図11)。外膜の構成も定かではないが、主として3層で、所によっては2層あるいはもっと多層の箇所もあるようだ。赤い色素をもつ外膜には、すぐに巻貝などがとりついて食べている(図8)。もし、この層にガスがたまっているのならすぐに沈殿してしまうはずだが、特に早く沈むようには見えないので、やはり主な浮力は内膜中のガスによっているのだろう。

図8 巻き貝が取り付いた種子(2日目) 図9 仮種皮を押すとガスが出る 図10 内外2層の仮種皮。スケールはmm
図11 仮種皮の内膜は皺があり、ガスを含む 図12 仮種皮の外膜における色素の分布

 種皮は厚く木化して硬いので発芽は大変なのではないかと思う向きもあるようだが、じつは巧みな工夫がなされている。
 種子表面には2個の楕円形の構造が見える。1つは「へそ」である。へそというのは人間のへそと同じで、種子が育つための栄養を吸収していた場所である。先ほどの仮種皮は、このへそのあたりで種子に付いている。いま一つは発芽孔である。図14で見るように種子は厚い種皮でおおわれているが、発芽孔の箇所だけは、図15のように、縦長の細胞が柵状に配列した蓋(embryotega エンブリオテガ)と呼ばれる構造になっている。発芽に当たって、胚が成長してくると、その圧力によって蓋が容易に外れることになっている。なお、種子には、養分を蓄えている多量の胚乳(外胚乳)が満たされている。試みに胚乳にヨウ素液を掛けたら黒紫色に染まった。

図13 オニバスの種子 図14 種子の断面
図15 種子を切断すると、発芽孔には蓋がされていることが分かる
図16 発芽孔の蓋のへそから遠い端は種皮と軽く接する(A)が、へそに近い端は種皮と広く接する(B)
図17 発芽の始まり。発芽孔の蓋が持ち上がっている 図18 幼根が伸びてきて、発芽孔の蓋がはずれる
図19 幼根は役割不明の4本の突起として伸びる 図20 第1葉が伸びている。スケールは0.5mm

5 発芽
 5月になると種子は発芽してくる。その様子は、内部の胚の成長による圧力によって、まず、蓋の部分がもち上がってくる(図17)。この際、必ずへそから遠い端が上がってくる。それは、図15・16で明白に分かるように、蓋のへそから遠い端は種皮に軽く接しているだけであるが、へそに近い端は広い面積で種皮に付く、すなわち前者より後者の方が種皮との接着が強いから離れにくいのである。そしてついには蓋が外れてしまう。発芽の始まりである。
 発芽の始めの段階は難解であるが、岡田(1935)では、概ね「発芽に際しては、子葉の基部すなわち葉柄に当たる部分がまず伸長をはじめ、幼根を通じて蓋に圧力を掛けることにより、発芽孔の蓋が外れ発芽に至るが、この際、子葉の本体は種子の中に残ったままで幼芽・胚軸が外部に押し出される。」と記述されている。幼根は発達せず周囲に通常4本の突起が十字形に伸びてくる(図19)。

 理由は不明だが、オニバスの発芽率は翌年(1年目)の発芽率が極端に低く、大滝(1987)によれば、1年目が10%、2年目が20%、3年目が30%ぐらいの発芽率だという。そのようなばらつきだけではなく、極めて長寿命であることでも知られている。波田(1988)の例では、1932年以後、オニバスの見られなかった岡山県の民潤池で、1988年に池の半分を埋め立てて駐車場を作る計画に伴い、堤体の補修改良工事が実施された。堤の底が約2mくらいのヘドロで被われていたので、約1.7mの深さまでセメント系の物質を混ぜて固め、固化したヘドロを横へ仮置きした。その後満水になり、池中に仮置きされたヘドロから、20〜30株のオニバスが発生した。さらに近くで、かつて池の一部であったと思われる場所を新たな防火用水池として掘ったところ2株のオニバスが発生した。この場所は、昭和初期にはすでに陸化し、ゲートボール場になっていたところだということで、55年もたってからオニバスが再生したということになり全く驚きである。

図21 第1葉、第2葉が伸びた苗

図21 植物生態観察図鑑−おどろき編の表紙を飾ったこの写真は、本書出版前に私のブログに掲載(090 オニバス発芽 2009.5.24)されているのだが、さる地方自治体の管理するオニバス栽培池の解説パネルとして無断使用されたものである(私のツイッターのフォロワーの投稿で気が付いたもの)。第2葉を切り取って反転させて別の位置へ貼り付けるなど姑息な手を使い、盗用とは気付かせないような工夫をしてあったが、原版の撮影者である私には改ざん・盗用であることがすぐに分かった。直ちに抗議し、責任の所在を明確にするよう求めたが、当時の担当者が退職していることなどを理由に明確な答を得ることができなかった。非常に腹立たしかったが、嘘の情報(画像の改ざん)はあったとしても、私の方にも出版社の方にも実害がないと考えられたし、すぐにパネルの使用を中止したとのことであったので、何時までも責任者出せと言ってもお互いに不愉快が続くだけなので、町長の詫び状をもって円満解決とした事例がある。画像の無断盗用(文中で出所を明記してあるだけではだめです。著者の許諾がなければ盗用になります。文章については正式な引用の手続きを取ってあれば構いません。)や改ざんは嚴に慎んで頂きたい。

 今回はホームページ「石川の植物」の旧のオニバスFILEを改訂する形で、オニバス(1)を執筆した。これは、オニバスの果実と種子について、拙著「植物生態観察図鑑−おどろき編(全国農村教育協会)」を参考に解説を試みたものである。種子の断面写真などは旧版にはなく、極めて貴重なものと考えている。
 葉の成長・開花・石川県で新たに見つかったオニバスの自生などについては、オニバス(2)で紹介したい。
植物生態観察図鑑−おどろき編(全国農村教育協会)では、22ページにわたって、もっと詳しく解説してあるので、ぜひ本文でお読み頂きたい。

引用文献
・波田義夫.1988.オニバスの復活.水草研会報(33・34):31-33.オニバス文献集.
・日置 謙.1920.石川縣河北郡史:27.508-509.石川縣河北郡役所.
・市村 塘.1926.石川縣天然記念物調査報告 第二輯 おにばす:17-24.石川縣.
・石田穣二.1999.角川文庫ソフィア 新版枕草子 下巻:39、43、277.角川書店.
・木村洋二郎 監修.1996.図説花と樹の大事典:97.柏書房.
・牧野富太郎・清水藤太郎.1939.植物学名辞典:302pp.春陽堂.
・岡田要之助.1935.オニバス種子の“気永き発芽”に就て.生態学研究1(1):14-22.オニバス文献集.
・オニバスフォーラム.1998.オニバスを使った染色にチャレンジ:15.明石市.
・オニバスフォーラム.1998.オニバスを食べてみよう:16.明石市.
・大滝末男.1987.日本産オニバスの総説.日本の生物 1(4):48-55.オニバス文献集.
・鈴木普二.1957.北総自生のオニバス.採集と飼育19:130.内田老鶴圃.
・八坂書房.2001.日本植物方言集成:119.八坂書房.

 なお、オニバス文献集から引用の文献のページは、原著論文のページを指している。

オニバス(2) へ続く


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